クビワコウモリ保護活動のあゆみ

1989年8月:貴重な繁殖集団の発見 

中部山岳国立公園・乗鞍高原において、奈良教育大学の前田喜四雄教授により、クビワコウモリの繁殖集団が発見されました。

これは1951年の発見以来約30年間で10頭程度しか確認されていなかったクビワコウモリにとって、10年ぶりの集団発見であり、日本で唯一の貴重な繁殖集団である可能性が高いとされました。


1990年5月:生態調査の開始

発見されたクビワコウモリ繁殖個体群の生態調査が、山本輝正氏によって開始されました。この調査は、2025年現在まで継続されています。

1991年:生息場所の危機と保護活動の開始 

クビワコウモリの生息場所となっていた宿泊施設の改修工事が計画され、コウモリたちがねぐらを失う危機に直面しました。これを受けて、本格的な保護活動が始まりました。

1991年:地元自治体への保護申し入れ

前田喜四雄氏と山本輝正氏が長野県安曇村(当時)に対し、クビワコウモリの保護を申し入れました。


1992年5月:初期の代替巣箱設置と失敗

安曇村によってクビワコウモリ用の巣箱が設置されましたが、コウモリはこれを利用しませんでした。以前のねぐら場所の板を使った巣箱にコウモリが近づいていたにもかかわらず、期待通りの移住には至りませんでした。

1993年~1995年:WWFJ補助金による生態調査の強化

世界自然保護基金日本委員会(WWFJ)からの補助金(事業番号9304)を受け、コウモリの会、松本ナチュラリストクラブ、信州大学自然科学研究会などの協力を得て、生態調査が強化されました。

1994年:文部省科学研究費による調査支援

文部省の平成6年度科学研究費補助金(課題番号06918016)の交付を受けて調査が行われました。

1995年8月:バットハウス建設のための助成金決定 

アムウェイ・ネイチャーセンター第7回環境基金助成金の交付が決定され、これが「乗鞍高原バットハウス」建設のための主要な資金源となりました。

1995年10月:「クビワコウモリを守る会」の設立

安曇村の有馬佳明村長を顧問に迎え、「クビワコウモリを守る会」が設立されました。この会は、クビワコウモリに関する知識の普及、研究、保護、そして会員間の交流を目的としています。

1996年10月27日:「乗鞍高原バットハウス」の完成と記念式典 

コウモリ研究者や「クビワコウモリを守る会」の熱心な働きかけにより、地元安曇村、環境庁中部地区国立公園・野生生物事務所、アムウェイ・ネイチャーセンター、長野県乗鞍自然保護センターなど多くの関係機関や団体の協力のもと、「乗鞍高原バットハウス」が完成し、記念式典が開催されました。バットハウスは木造2階建てで、コウモリが利用しやすいよう工夫された構造(外壁の巣箱、内外壁の隙間、屋根裏、天井部分への出入口など)が組み込まれています。

1997年4月26日・27日:匂いつけ作業によるコウモリ誘致

完成したばかりのバットハウスの木の香りがコウモリの利用を妨げる可能性があったため、事前に採取したコウモリの糞を水に溶かしてバットハウス各所に塗る「匂いつけ作業」が実施されました。これはコウモリの早期誘致を狙ったものでした。

1997年7月20日・25日:バットハウスへのコウモリ入居確認

匂いつけ作業などの努力が実を結び、1997年7月20日には数頭のクビワコウモリが、25日には20数頭がバットハウスを利用していることが確認されました。これは日本で2例目のバットハウスとして、初年度からの利用という「快挙」と評価されました。

1997年11月2日:バットハウス内部の利用状況調査

バットハウス内部の調査観察会が行われ、壁の内部や外壁の巣箱からもコウモリの糞(グアノ)が確認されました。これにより、コウモリが小屋内部の様々な場所を利用していることが判明し、今後の保護活動の重要な参考資料となりました。

1998年:バットハウス利用個体数の増加 

バットハウスの利用状況調査では、最高で51頭のクビワコウモリ(ホオヒゲコウモリ属を含む)の利用が確認され、前年よりも利用が増加していることが示されました。

2000年4月:定期的な施設維持管理作業の継続 

バットハウス完成から4回目の冬を迎え、内部構造の変更への対応や壁への防腐剤塗りなど、施設の維持管理作業が継続して行われるようになりました。

2001年11月~2002年初頭:既存繁殖場所の閉鎖と対応

クビワコウモリの既存の繁殖場所の一つであった「乗鞍荘」が営業を終了し、解体の可能性が浮上しました。

これに対し、「クビワコウモリを守る会」は、東京電力本社や安曇村などの関係機関に手紙を送り、今後の対応について話し合いを行いました。この問題は市民タイムスやTV信州でも報道されました。

2006年:老朽化と利用促進の課題認識、他動物の侵入確認

バットハウス完成10年目を迎え、クビワコウモリの個体数に大きな変化はないものの、積極的にバットハウスを利用する個体が少ないという課題が認識されました。また、巣箱にモモンガが侵入する様子がビデオ撮影で確認され、隙間の広い巣箱がコウモリにとって危険であるという教訓も得られました。

2006年以降:継続的な施設維持と課題提起 

2006年以降、バットハウスが建設から10年以上が経過し、「そろそろ今後について何らかの手だてをしなければ行けない状況になりつつある」という課題が、会の総会などで継続的に提起されるようになりました。

これに対応するため、毎年春にはコウモリが来る前に施設の準備作業(小屋開け)や、秋には清掃作業(小屋閉め)が実施され、風雪による状態確認や再固定、巣箱・カメラの設置などが行われています.


2018年:一斉調査の開始

クビワコウモリの生息状況をより正確に把握するため、複数のねぐらに分かれて大勢で同時にカウント調査を行う「一斉調査」が開始されました。これは、集団の全数確認を目的とした新しい調査手法です。


2022年後半~2023年3月:再開発計画によるバットハウス存続危機と大規模改修

乗鞍高原の再開発計画が持ち上がり、バットハウスが取り壊される可能性が浮上しました。

当初、代替施設の予定はなく、撤去費用を「クビワコウモリを守る会」が負担する可能性が示唆されるなど、保護活動にとって大きな問題となりました。

これに対し、「守る会」は環境省、長野県、松本市へ要望書を提出し、ワークショップなどを通じてバットハウスの存続と保護施設の必要性を強く訴えました。

その結果、長野県環境部自然保護課の紹介でJAC環境動物保護財団から633万円の助成金を受けることが決定し、バットハウスは柱や土台はそのままに内外壁板や戸が新調され、外部のピロティーが拡張されるなど、コウモリに適した構造を維持しつつ大規模な改修工事が行われることになりました。

2024年5月11日:バットハウスの改修お披露目会

お披露目会が行われ、改修されたバットハウスの利用が開始されました。